京都の老舗 茶筒の生き残り術

2019/04/18(木)22:00
創業140年、京都の老舗がつくる“茶筒”が注目を浴びている。
手づくりで、しかも創業当時とほとんど変わらない製法だという。
手間のかかった、その茶筒はデパートで実演販売すると1日50個以上売れる。
一時は廃業を覚悟した茶筒の老舗が心機一転、海外に飛び出し大絶賛され復活、
いまや京都で人気のカフェを経営、大手電機メーカーと組んで茶筒のスピーカーまで
作っていた。

《京都140年伝統の技 開化堂の茶筒》

いま京都の老舗・開化堂の茶筒が注目を浴びている。1個1万円以上にも関わらず、デパートで実演販売すると50個以上売れるという。蓋をのせるだけで、ピタッと閉じるすごい技術にみんな驚いていた。創業1875年、日本で初めて金属製の茶筒を作ったといわれる開化堂だが、その茶筒はすべて職人による手作り、しかも創業当時と同じ作り方だ。シンプルに見えるが、工程は130以上ある。さらに茶筒だけにとどまらず、パナソニックと共同開発して茶筒型のスピーカーまで作っていた。

《開化堂茶筒 激動の歴史》

開化堂の創業は明治初期、イギリスから輸入され始めたブリキを使って、丸い茶筒を作り出す。しかし高度成長期、機械化による大量生産・大量消費が進む中で手作りにこだわり続け、いつしか時代の波に取り残されていく。父である5代目・八木聖二氏は「こんな仕事あかんようになる。サラリーマンになれ」と言った。しかし6代目の隆裕は、海外での可能性に気づきロンドンやフランスに渡り実演販売、海外で認められるようになる。さらにはロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館に永久収蔵されるまでになっていた。

《伝統工芸の跡継ぎたちが挑戦》

伝統工芸の先行きに不安を感じるのは開化堂・八木だけではなかった。西陣織12代目や朝日焼16代目など、京都・伝統工芸の若き跡継ぎたち6人が生き残りのためユニットを組んでいた。その名はGO ON(ゴーオン)。互いに協力して、世界のマーケットに向けた新しい商品づくりに動き出していた。
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